カリスマ建築家
私が尊敬する横浜の建築家の事務所に現場監督・コーディネーターと共に訪問する。超一流のフォーシーズンホテルのインテリアも手掛けたカリスマ建築家である。
どうしたら、この様な西洋建築のデザインができるのですか?という質問に対し、こう答えられた。
「とにかく、本物をとことん観るとこです。これに尽きます。現在、多くの建築家が独創的なデザインを創ろうとしますが、芸術でも音楽でも書道でも先ずは真似ることが大前提です。基本も出来ないのに普遍的で独創的なものなど出来るはずがない。既に建築に携わる者より、エンドユーザーの方がデザイン感性は敏感である」と言われた。
確かに天才ピカソもそうである。初めからあの様な訳の分からない抽象画を描いてはいない。しかし、この国には世界に通用する建築家や建築士が殆んどいない。メンターが居ないのである。
帰りの新幹線の中でふっと思った。
世界最古(1300年前)の木造建築を造った日本が、築20年足らずで資産価値ゼロで解体される住宅を造り、建国200年少々の米国では、築100年の住宅でも売買されている。
昨今、エコブームであるが、家づくりに関していうと、時を経てもいつまでも美しい建築物を造ることこそが最も地球環境にやさしいことだとおもう。
2007/12/12
感性豊かなお客様
今月の見学会も多数の皆様にお越し頂き感謝。
お施主様のお父様と、毎回欠かさず ご見学にいらっしゃるお客様の
感想をお聞きした。
(お施主様のお父様から)
「輸入住宅と聞くと直感的に自分たちとは無関係であり、若者の家と思っていました。しかし、こうして眺めているとどことなく懐かしさを感じます。明治村の様な建物・・・そんな感じがし、私たちの年代でも全く抵抗を感じませんね。」
(毎回欠かさず見学会にいらっしゃるお客様から)
「安城建築さんの建物は、輸入住宅でも何となく西洋建築が栄えた古き良き時代の日本の匂いと懐かしさを感じます。」
私たちのお客様が豊かな感性を持っていらっしゃることを実に誇らしく感じ、とても嬉しく思う。
「輸入住宅」という表現に属する住宅は非常に曖昧で、この表現は個人的にはあまり好きでは無い。私たち安城建築が目指す建物は、「西洋建築」又は「西洋住宅」という表現が最も適していると思う。西洋建築は輸入住宅のルーツであり、西洋建築を再現出来るデザイン力と施工力があれば、世界各国の本物の輸入住宅を創ることは何ら難しいことでは無い。


2007/12/07
続 三丁目の夕日
前作に続き、実に様々なことを考えさせられる映画だった。
・人は、自分の為には頑張れないが、本当に大切なひとの為には頑張れること。
・地位や名誉よりもっと大切なこと。本当の人生の豊かさとは・・・。
・物より想い。
・想いを伝えることの大切さ。そして、熱い想いは伝わること。
・人はひたむきな人を応援したくなること。
・夕日がどうしてきれいにみえるか?という理由。
日々の生活の中では、殆んど「感動」する機会が無く、時間に追われ淡々とした毎日が続く。映画の中でも「感動」することにより、実に心地よく、この時ばかりは、優しい自分に出会える。この映画は是非観て頂きたいと思う。人生の豊かさを感じられます。
2007/11/26
ALWAYS 続・三丁目の夕日
今日こそ「ALWAYS 続・三丁目」の夕日を観に行こうと思ったが、
タイミングを逃す・・・。
しかし、前回の作品は実に心に響いた名作だった。
あの映画を観ていない方は人生の損失だとさえ思う。
昭和30年代と言えば超高度成長期であり、私はまだこの世に存在していない時代である。
3種の神器(冷蔵庫・テレビ・洗濯機)を手に入れることこそがこの時代を生きた人々の豊かさの象徴だったに違いないとこの映画を観るまでそう思っていた。
しかし、この映画を観て本当の豊かさは別にあると気づいている人々も
沢山いたということを知った。
そしてそれ以上に現代の方が遥かに大切なものを忘れ去ってしまっていると感じた。
貧乏な竜之介(吉岡秀隆)からヒロミ(小雪)への結婚指輪のプレゼントの
ワンシーンには正直やられた。
ほとんどの女性がこのシーンで涙したと思うと同時に、
「そうそう、本当の豊かさはこれなのよ!」
と叫んでいたに違いないだろう。
物質的な豊かさでは真の豊かさは感じられない。
どんなに時代が変わっても真の豊かさは心からしか得られない。
それは、特に男性より女性の方が「感性」が豊かな分、遥かにその傾向が強いのである。
そういえば、夕日をぼんやりと眺めたのはいつだっただろうか・・・?
2007/11/12
オープンハウス
お蔭様で週末のオープンハウスは大盛況で無事終了。
ご来場の皆様とここまで造り上げた職人の皆さんとスタッフに感謝。
時々、お客様より「安城建築さんは現場見学会はホームページでは告知
しないのですか?」と尋ねられますが、弊社では特例を除き、お客様の
プライバシーを尊重し公には告知せず、ご希望される方のみにお知らせ
しています。
2007/11/08
日記を読み返す
日記を読み返してみると、何だか凄くいいひとになっているではないか!と思った。
日記に書いてあることは嘘では有りませんが、正直いい加減な部分もあります。
人は皆、自分の中に納得出来ない部分と、自分自身に酔いしれてしまう程愛おしい部分が同居している様に思います。両方合わせて自分ですから、それでいいのでは?と思っております。
2007/10/15
赤福に思うこと
「老舗の赤福までもかぁ~!」と思った。
老舗の経営者は歯車であると思う。もし、真の使命感を持った経営者だったとしたら最大の歓びは安定経営である。その逆に最大の痛みは先代が積み上げてきた信用の失墜と次世代にバトンタッチが出来ないことだと思う。
金儲けが悪いということでは無いが、赤福の社長は何を手に入たかったのだろうか?
既にお金で手に入れられる物は全て手にしていただろうが、
最後まで『物質的な豊かさが、成功の証』だと思っていたのだろうか?
物質的なものは瞬間的には優越感に浸れる。しかし決して心は満たされない。
どうしてそれが解らないのだろうと実に不思議に思った。
そして、信頼を裏切られた消費者以上に、赤福で働くことを誇りにして今まで共にやって来た社員とその家族はとても悲しく思っているだろう。
私が幼い頃、曾お婆さんが言っていたことを思い出した。「御天道様(おてんとうさま)が見ているよ」
伊勢神宮の目の前である赤福は30年間も悪事をしていながら、神のお膝元ということで神様も特別に見守りながらも様々なシグナル(不二家やミートホープ)を出し続けくれていた。しかし、そんな神様からのシグナルに赤福は気付けなかった。失敗や過ちは誰にでもあると思う。しかし、後からバレルことと、正直に話すとでは天地の違いがある。
2007/10/14
サブプライムローン
少し前に米国のサブプライムローン(米国における住宅ローン)の破綻が増えていることが日本でも報じられた。日本国民の多くは、過去のバブルと同様の現象が米国でも起こったと思っているだろう。しかし、その実情が日本とは大きく異なっていることを知らない。
米国では住宅ローン返済が出来なくなった場合、住宅を差し押さえられるがそれで全て終わる。それ以上の返済義務は生じない。
その理由は、金融機関が住宅そのものの価値に対して貸し付け額を決定している為である。住宅会社がその住宅の価値以上の不当な価格を付けて販売しても通用しない。
以前にもお伝えしたが住宅の価値は、販売価格ではなくマーケットが決める。要するに「多くの消費者がこんな家なら暮らしてみたい」そう思える住宅でなければ当然のように価値は下落することが十分予想される為である。
一方日本では、住宅を差し押さえられたあげく膨大な債務も残る。その理由は、金融機関が住宅そのものに対しての価値では無く、消費者の支払い能力に対しての貸し付の為である。しかし近年、国や金融機関の予想に反し支払い能力を超えた貸し付けをおこなってきた為に自己破産がする消費者が激増したのである。
生臭い話しではあるが日本では、借り入れをする際、必ず団体信用保険に強制的に加入させられることを考えると、国や金融機関は「万が一の時は、自己破産すれば家も土地も無くなります。しかし、命を代償にすれば、家は家族に残りますよ」と小声で囁いているのと同様である。実は米国住宅ローン破綻より日本の住宅破綻の方が極めて深刻な問題なのである。
我々ビルダーの責務として、50年後も保存活動が起こるような住宅を消費者の適正な支払い能力以内でつくることにある。「こんな家なら暮らしてみたい」そう思える家なら、高値で貸したり、売却することも可能である。折角家をつくるなら、万が一の時には人生がやり直せることが可能な家の方がいい。
工務店はいい家をつくることが目的では無く、そこに暮らす家族が「豊かな人生だった」(「豊かな人生」とは物質的な豊かさでは無く、「こころの豊かさ」)と感じて頂くことが最終目的であり、そこに我々の様な地域ビルダー(工務店)の存在価値があると思う。
2007/10/13
なくてはならないガソリンスタンド
一年程前のことだが、会社の車の給油をしていたガソリンスタンドがセルフ化し、スタンドを変えることにした。近くには地域一番安売りで口コミされているスタンドともう一店舗は単価を全く表示していないスタンドがあり、両方のスタンドで給油して比較しようと考えた。
その結果、当然だがガソリンの単価を表示していない方が高かった。
しかし、息子の言葉で単価の高いガソリンスタンドで全車両を給油することに決めた。
そのスタンドの前の歩道は通学路。息子が言った。
(弟)「あのスタンドに学校へ行く時も帰って来る時も話し掛けてくるおじさんがいるよ!」
(兄)「いるいる!いつも大きな声で話し掛けてくるおじさん!」
ガソリンスタンドとしての機能だけでは無く、地域のこども達を見守ってくれていたスタンド。(元気な声と笑顔で子供たちに声をかけてくれます!)このスタンドで給油したいと思った。このスタンドは地域に無くてはならない存在である。当然だが、このスタンドはいつもお客が多い。
今日の出来事である。洗車が終わり、若いスタッフが仕上にタイヤワックスを掛けながら、「新車みたいになった!」と実に嬉しそうに言った。彼は実に楽しみながら仕事をしていた。
2007/10/12
引退の日 (続編)
佐々岡の引退試合で感動し、8年程前の感動体験を思い出した。
それはデルタ航空での名古屋からポートランドまでのフライト。
搭乗した際、既に機内では映画が始まっていた。「いつもは離陸した後に始まるのに・・・?」その映画は、結婚式での新郎新婦の生い立ちを映し出している様にある人の人生を映し出していた。暫くして機内放送によりその意味がわかった。
この映画の主人公は、なんとこの機の機長であり、今回のフライトが機長のラストフライトだという。そしてお孫さん始め家族が搭乗しているとアナウンスがあった。勿論この様なラストフライトに遭遇したのは初めての経験であり、いつもとは全く違う感情の高ぶりがあった。
水平飛行になると、可愛い機長のお孫さんが乗客全員に「おじいさんのラストフライトに搭乗してくれてありがとう」キャンディを配ってくれた。正直いってこれにはやられた。
そして、いよいよポートランド国際空港への着陸態勢に入る。多分、私同様乗客全員が機長の思いを共有していたであろう。人生最後の着陸。操縦桿を握る機長の緊張感がストレートに私にも伝わって来る。乗客全員が息を呑んだ。
その着陸のその瞬間、私が今までに経験した百数十回のフライト体験のなかで最高の着陸であり、いつ車輪が滑走路に着いたかが分からなかった程の神業的な着陸だった。全車輪が滑走路に着くと乗客全員から割れんばかりの拍手が巻き起こり、感動して涙する人さえも居た。
搭乗ブリッジが機体に寄せられドアが開く。搭乗口には機長を始め家族が一列に並んで乗客にお礼を伝えていた。私が「best landing!! I am very exciting」と伝えると、機長は満面の笑顔になった。この様な実に貴重且つ感動する経験ができたことに感謝している。
帰国後、新幹線に乗車すると時折思うことがある。これだけ新幹線が走っていれば、今日この列車の運転士ももしかしたら退職の日かもしれないと。感動を得ることが極端に少なくなった今、ひとは日々の暮らしのなかで感動体験を待っているに違いない。
もし、新幹線のアナウンスで、「本日の運転手○○はこの列車を最後に退職致します」なんてアナウンスがあったら・・・乗客がひとつになり、多くに感動を与えてあげられると思う。
2007/10/10
対応エリア
愛知県
安城市 碧南市 西尾市 幸田町 刈谷市 知立市 岡崎市 一色町 吉良町 幡豆町 蒲郡市 大府市 豊明市 名古屋市 豊田市 日進市 東海市 半田市 知多市 愛西市 弥富市 津島市 稲沢市 岩倉市 一宮市 春日井市 小牧市 常滑市 豊川市 瀬戸市 豊橋市 美浜町
岐阜県(最寄の高速インター付近)
多治見市 土岐市 可児市 瑞浪市
静岡県
浜名湖(三ケ日インター付近)
三重県
桑名市(桑名インター付近) 四日市市(四日市インター付近)