モデルハウス:モデルハウス物語

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モデルハウス物語

このモデルハウスは1996年、日米共同プロジェクトにより、米国から一流の技術者、職人、コーディネーターを招き、北米の設計思想・正しい北米式ツーバーフォー工法・正しいドライウォール工法・インテリアコーディネート及びデコレートに至るまで忠実に再現し建設されました。


建設にあたり、様々なドラマがありました。

世界一の住宅先進国である米国では、住宅の価値は、(バブル状態であったサブプライム問題を除く)年利6.5%で資産価値が上昇しています。そのため、日本では考えにくいと思いますが、新築購入時よりも中古での売却時の方が高値となることが当然のことだと考えられています。

それにより、無理なく家族のライフステージに合わせ住宅のステップアップが出来るのです。逆に家族が巣立った後は、大きな家から小さな家へと買い替えをおこない、その差益にてキャンピングカー等を買いリタイア後の人生を楽しむ人々が多いそうです。

残念ながら我が国日本では、現実として多くの住宅が築20年もすれば価値はほぼゼロとなってしまいます。世代毎にスクラップ&ビルド(造っては壊すの繰り返し)されるため、いつまで経っても国民が豊かさを感じられない悪循環に陥ります。

私たち安城建築は「何故米国では住宅の資産価値が持続し、何故日本では持続しないのか?」という自問自答を繰り返し、日本の50年先を走ると言われる米国の住宅産業に学びました。同業者の多くは、「資産価値を持続できるのは海外の話で日本では無理」という意見が大半でした。

このモデルハウスは、安城建築が米国からの学びを現実のものへとする第一歩であり、日米の技術者・職人とで共同プロジェクトを組んだ日本初の試みでした。

米国から招いた職人たちのレベルは、私たちの想像を遥かに超えていました。

米国からモデルハウス建設に参加した高級住宅専門の大工の4人は、仕事が終わると向かいの橋の上から腕組みをし、建築中の現場を見ながら今日一日の仕事の評価や明日の作業のミーティングをしていました。

『仕事の段取りの良さ』・『スピード』・『正確さ』・『プロフェッショナルとしての姿勢』は彼らと仕事を共にした日本の職人たちを驚嘆させました。

またこの様なエピソードもありました。

建築中、米国の職人らに、日本では築20年もすると家の資産価値がゼロになり、土地の価値だけとなる住宅事情を話しました。ボスのジェリーは「俺たちの造ったこの家も同じと言うのか!」と身を乗り出して怒りました。

私が「解らない…」と言うと、「絶対にその様なことはない!」とジェリーは言い切りました。あれから十数年経た現在、このモデルハウスへの来場者は一向に減少していません。ジェリーの言った通りとなりました。

(この様な実話があります。以前、米国の設計思想に基づいてお造りした家を売却する際、地域の不動産屋の評価価格よりプラス1,000万円で購入したいと言われる方が現れました。売却されたお客様からは、その資金を元に再度、別の場所で新築のご依頼を頂きました)


通常、日本の住宅展示場のモデルハウスは構造的には全く問題が無いにも関わらず築5年程度で解体されてしまいます。最新の流行のデザインを用いることにより、築5年も経つと流行が去り、人々が来場しなくなってしまうためです。

大手住宅メーカー始め、建設業者の多くが、他社との優位性として耐震性・断熱性等を強調したPRをしますが、米国においては、耐震性能や断熱性はもはや当然のこととされ、競争優位性となるものではないと業者もユーザーも考えています。

米国においての住宅の資産価値とは、『その家に暮らすことにより、人生が豊かになること』が最終目的と考えているそうです。そのために売却時にも高値で売却できる様、古くなっても人気が衰えることがないクラシックで美しい外観デザインが求められます。又、日々の暮らしの中で幸福感を得ることが出来る様、『家族の顔が見え、家族との繋がりを感じられる間取り』を重視しています。何故なら、人が最も心の充足を得られることは『家族の絆』を感じた瞬間だと言われているためです。

このモデルハウス建設により日本においても設計思想次第で住宅の資産価値を持続することが可能だと証明されました。現在でもこのモデルハウスを『洋風住宅の教科書』として全国から同業者が視察に訪れ続けています。

日本の住宅産業全体が、国民の本当の豊かさに繋がり正しい方向へと向かう足掛かりとなれば幸いです。


創業昭和四年 安城建築株式会社 浅井宏充

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