屋根
川添 実

母一人、子一人の環境で育ち苦労を乗り越えた人生

 私は鹿児島県内元浦というロケットで有名な町で生まれ育ちました。

 私の育った町は小さな港町です。

 山の方にはロケット基地がありロケットの打ち上げ時期になると大変賑やかな町に変わります。

 私の家は、母一人、子供一人の家庭で父親は私の小さい頃病死し、母は私を育てるため女手一つで大変な苦労をしたと思います。

 私は小さな頃父親がいないと言うことで小学校の頃は今で言う”いじめられっ子”でしたが、中学校に入ると反動でワルに代わり体は小さいがいじめる方になりました。

  中学を卒業し高校へ行きたかったが母にそれは言えませんでした。そして集団就職で名古屋に来ました。

 当時名古屋で旋盤工として働いていましたが流れ作業の毎日で自分の性格に向かないと思い義理の兄を頼り三河へ来ました。三河では屋根屋のメーカーへ就職しそこで屋根や職人の親方と知り合いその親方の元で働く様になりました。約6年間修行しその間いろいろな瓦の施工を経験しました。和型の土葺、S型瓦、平板瓦、カラーベスト等親方にも私の施工がほめられる様になったとき独立しました。義理の兄が働いていた今の大正建材さんを紹介してもらい現在に至っています。

 この仕事は自分の働きに応じ給料が決まる大変な仕事です。なまければ明日のご飯も食べられない。又しっかり仕事すればサラリーマン時代の何倍もの収入となります。自分の体力と才能の職場です。
幸い体力も自信がありただ才能は大正建材の社長さんがどう思っているかはわかりません。

 ただ御施主さんによい屋根が出来たと喜んでいただいた時は私の苦労が一度にふっとぶ感じがします。

 ただ夏の暑い日に屋根に上がると目がくらくらするときも多く有ります。又汗ですべりそうになる時もありますがお客様に喜んでいただける屋根を今後も施工していきたいと思います。