どこか懐かしさを感じる明治建築の魅力をお届けします。

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明治建築の魅力

私たちは輸入住宅のルーツである和洋折衷の建築もつくります

安城市A様邸 安城市今本町(旧国道沿い)

「泳げ!たいやきくん」が一世を風靡した頃「♪毎日毎日僕らは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうよ・・・♪」、(私もレコードを親に買ってもらった記憶が、かすかにあります。)私が小学校2年~3年生の頃でした。自宅から2~4キロ程の所に、大池という池がありました。友達と多分、自転車探検(友達同士で知らないところに行く自転車探検に、私と友達は一時ハマッていました)にでも行ったかと思うのですが、その帰り道で安城農林高校の北東に位置する場所だったと思うのですが、既に使われていない古い西洋建築の公民館か役場の様な建物を発見しました。その建物を見てとても形容しがたい懐かしいような、不思議な気分に浸ったような気がします。解体寸前の古くてボロボロの建物でしたが、凛としてすがすがしく子供の私には新鮮でとてもかっこ良かった。

小学校の頃に見たあの古い西洋館を見てから6~7年後、中学校1年の社会見学で明治村を初めて見学しました。正面玄関を潜り、左手方向に行きますとまず、三重県庁がありまして、一目見てその美しさに感動し、小学校の頃に見たあの建物を発見した時の事がふと思い出され、あの時と同じ懐かしい気持ちになりました。外壁は洋風でありながら屋根は和瓦であり普通に考えれば完全にチンドン屋のはずが、和洋が完璧なほどマッチしているのです。完全に一目惚れでした。中学生だった私には建物の価値など全く分からなかったし、何故これほどまでに折衷建築にひかれるのかも当時の私には分かりませんでした。
それから数年が経ち、ひょんなきっかけで米国の設計士と知り合い、米国の住宅は買ったときより高く売れる事を初めて知りました。それは単純に年月が経てもその街やその家に暮らしてみたいという欲求力が高ければ価値は下がらないのです。つまり家のまわりの環境とクラッシックで色あせないデザイン,家族のコミュニケーションを考えた間取りが重要となるのです。

皆様もご存じのように明治時代の代表的な建築を集めた犬山の明治村は、百年の時が経ってもそのデザインは色褪せる事なく、多くの人達がお金を払ってでも見学に来ます。これは幕末から明治にかけて開国し、海外から持ち込まれた西洋の伝統的な美しい町並みの錦絵を元に、頑固一徹だと思われていた日本の職人達が、謙虚に西洋建築を学び得たからでしょう。言うなれば、輸入住宅の元祖です。

資産価値が下落しなかった例として、近年では輸入住宅の先駆けとなった、神戸市住宅公団が西神ニュータウンで、平成元年に分譲した「シアトルバンクーバービレッジ」があります。なだらかにカーブを描く道路に、ブロック壁やアルミフェンスのない一面芝の庭など、建物周りの環境造りから、建物のデザインに至るまで、全て米国とカナダの設計士の手で設計されました。そのデザインは、米国とカナダの小住宅で最もポピュラーなスタイルであり、長い歴史の中で吟味されたものでもありました。
懐かしい明治スタイルの建物を見ると心が癒されます。


安城市古井簡易郵便局

私共が心を込めてお作りした郵便局です。

和洋折衷デザインの明治建築を郵便局で再現しました。

地域のおじいさん、おばあさんの交流の場となりいつまでも地域の人々に愛され続ける建物になってくれる事を願っています。


ハイカラで名家にふさわしい懐かしの明治建築 古くて新しい明治建築は時代を超えて美しい

安城市今本町(旧国道沿い)

明治時代、それは大きな変貌を遂げた時代であり、その時代の変貌の象徴は明治建築でした。明治建築はその昔、頑固一徹と思われた宮大工が西洋の建築を謙虚に受け止め、日本の建築とを融合し明治国家と宮大工の威信を掛け、日本全国に急速に広まった世界に誇れる建築です。しかし、その多くは先の大戦で消失し、手間暇掛かる明治建築は再現されることがありませんでした。今、この歴史ある今本町の地に、明治建築はより進化し、その堂々たる風格と格好の良さに快適さを加え、平成の世に再現されようとしています。



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